使い慣れたヘッドフォンとレコーディング&ミキシングの話

【使い倒してきたSONY MDR-CD900ST】
アルバム『Gの洗礼』の制作の最中、最終的なサウンド・ディテールをどうしようか、ということに思い馳せます。これはあくまで参考までの話で、アルバムで採用するかどうかは未定なのですが、大好きな70年代のキャロル・キングのアルバムのように、太くて柔らかくて、音像にメリハリのあるサウンド――を目指すのも一つの手だと思っています。果たしてどうなるか。いずれにしても、このところ、レコーディングとミキシングのあれこれについて、いろいろと思案しています。
もうおよそ20年ほど使い込んでいるヘッドフォンSONY MDR-CD900STのイヤーパッドの部分が剥がれてきて、内側のスポンジが露出しているのに気づき、そろそろ買い換え時かなということを思いました。もう少し使ってみて、何か不自由なことがあればすぐに買い換えるのだけれど、特にまだ問題が生じないのであれば、買い換えるのを数ヵ月先延ばしするつもりではあります。イヤーパッドの交換パーツが出回っているので自分で付け替えるのも手ですが、まあ20年という歳月からして“感謝の意”を込めて、ここは本体をまるごと買い換え、メーカーに“還元”するのがいちばん合理的なのではないかと。これからも生産し続けて欲しいヘッドフォンですから(6年前もこのヘッドフォンがへたったことを書いています。「使い倒しているヘッドフォン」参照)。

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【劣化してきたヘッドフォンのイヤーパッド部】
SONY MDR-CD900STのヘッドフォンは、業界では知らない人はいない大ベストセラー商品です。私は今でこそ業務用のヘッドフォンは用途別に使い分け、たとえばMDR-CD900STは単体のシンセのモニタリング用として挿して使っています。レコーディングではAKG K271MKIIを、ミキシング&マスタリングでは、audio-technica ATH-R70xを使います。無論、モニター・スピーカーと併用です。
それぞれのヘッドフォンには聴感上の強みと弱みというのがあって、MDR-CD900STはクリアでフラットで、癖がありません。その機材からどんな音が出ているか、他のヘッドフォンでは隠れてしまいそうな音(特に言えば低くてこもった音)も明瞭に表出してくれます。また、頭部に取り付けた感じも良く、長い時間使っていても耳があまり痛くなりません。

こんな素晴らしいMDR-CD900STでもやはり聴感上の弱みがあります。あまりにもクリアなので、そういう音が実際にスピーカーからも出てくると、勘違いしてミキシングしてしまったりします。ヘッドフォンが密閉型のせいでもあります。低域の輪郭とかパンチとか、中高域以上の周波数成分は実際はもっと大人しいので、このヘッドフォンのみだと、誤ったミキシングをしてしまうのです。だから私は、スピーカーの出音に限りなく近い、オープン型のヘッドフォンaudio-technica ATH-R70xでミキシングの仮ミックスの段階までおこないます。

ともかくMDR-CD900STというアイテムは、およそ20年間、私にとって音楽を作る上で切り離すことのできない最適な道具であり、今後もますます使っていくと思われますが、私が20代の頃は機材が乏しく、このヘッドフォンでモニタリングすることはとても重要でした。その20年前のレコーディングやミキシングについて、少し思い出してみようと思います。まずは、ホームページ[Dodidn*]のコラム「ミキシングにおけるヘゲモニーの諸問題」より、文章を引用します。

《当時私が使っていたMTRは、カセットテープによる4トラック・マルチのTASCAM MIDI STUDIO 644だった。 4トラックしかないのだから、さほど難しいミキシングにはならない。ただし、今では当たり前のオートメーション・ミキシングなんてものは存在しない。指先の感覚によってそれぞれのフェーダーをリアルタイムでさばいていくミキシング。
エフェクター類は、SONY MU-R201のリバーブ、YAMAHA MP5とZOOM STUDIO 1204によるマルチ・エフェクト。YAMAHA REX50は録音時のヴォーカルにかます仮のエコーとして使い、BOSS CL-50はコンプ。KENWOOD DX-7はポータブルなDATで、2ミックスのマスター・レコーダーとして使用していた(16bit/48kHz)。
そして打ち込みで使う音源は、一体型シーケンサーであるYAMAHA QY-70で、このQY-70内でオケのミキシングを構築しておき、それをMIDI STUDIO 644の2トラックに録音していた。ヴォーカルは残りの2トラックを使った》

【1996年頃の自宅のレコーディング・システム】
いま考えると、ショボい機材でありながら、非常に効率のいいシステムではありました。今のDAWよりも断然、レコーディングやミキシングの作業は捗ります。立ち上げればすぐに使えるのですから。ヴォーカル録りではAKG C451を使用し、ミキシングの時にMU-R201やMP5のリバーブ(あるいはモノかステレオのディレイ)をかますと、とても心地良い空間が演出できました。TASCAM MIDI STUDIO 644のMTRでは、DBXのノイズ・リダクションをONにしてテープを回していたので、S/Nが良く、高いレベルでレコーディングすると、適度にテープ・リミッターがかかって音圧が生まれます。そして、DX-7のDATで0dBを超えない程度にぎりぎりのレベル管理をして、デジタルのマスター・テープにミックス・ダウンしていた、わけです。CD-Rを量産するときは業者に発注していました。

【CD900STを使う前のヘッドフォン(SONY)が写っている】
あの頃は逆に、そうしたアナログの機材で、90年代のドンシャリの、デジタルっぽいサウンドをこしらえようとしていたのも事実です。ヴォーカルはエキサイターなんていう気の利いたエフェクターなどなかった(MP5のプリセットにはあったかも知れない?)ので、EQで3kHzあたりを軽くカットしつつ、10kHzのシェルを大きくブースト、みたいなことをやって、エキサイター臭さをわざと出したりしていました。元々音作りには不向きなヘッドフォンMDR-CD900STのモニタリングでその音をこしらえるのは、なかなか一筋縄ではいかなかったのですが、その前に使用していた安価なヘッドフォンよりは全然楽になったのは確かです。あの頃、マルチのレコーディング用に使ったハイポジのカセットテープは、キャビネットに大量に保管され、どのメーカーのカセットテープが安定的で事故が起きにくいか、真面目に検討していたのも懐かしい思い出です。

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いま、あの頃のシステムで学ぶべき点がいくつかあるのではないか、と思っています。非常に作業効率がいいこと、一定基準のサウンドが作り出せること、すぐに実験がおこなえること、など。現況のDAWで比較的作業効率を良くする工夫の余地があるのではないか、ということを考えます。
ソフトウェアのヴァージョン・アップやアップ・デートはともかくとして、私はいい意味での、“ガラパゴス・システム”を今後の制作の起点とした理想郷にしたい。具体的にそれはどうすればよいのか――。レコーディングとミキシングで必要なのは、人間のアイデアであり、トライ&エラーです。コンピュータや機械のトラブル、複雑なセッティングなどに振り回されて、作業の実時間が減ってしまうことを、何とか避けたい。自分にとって理想的な“ガラパゴス・システム”を構築したいです。

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