使い慣れたヘッドフォンとレコーディング&ミキシングの話

シンプルが難しいミキシング―「初夏の沐浴」

【これだけあれば十分。UAD SSL 4000E】
チェンバロが主体となって奏でる2分30秒ほどのアンサンブルの小品「初夏の沐浴」無料配信中。直接でしたらSoundCloudへどうぞ。

前回「音源のリアリズム―『初夏の沐浴』」では、この曲のレコーディングについて解説しました。今回はミキシングとマスタリングについて書きます。
この曲のトラック(パート)を挙げると、

①チェンバロ
②ナイロン・ギター
③パンフルート
④シンセ・リード(2600 Sine)
⑤シンセ・パッド(OB Soft Pad)
⑥シンセ・ドローン(Perc.Bang)
⑦風呂場で録った湯の音
⑧シャワーを浴びる音
⑨AUX1(リバーブ)
⑩AUX2(ディレイ)
⑪マスター・トラック

となっており、各パートの音源はすべてハチプロ(Roland SC-88Pro)です。
①から⑧までのパートの定位については、既にCubaseでの作業の段階で決定していましたが、チェンバロとギターの定位の対称が、この曲の音像の基礎になっており、それに則って他のパートが散らばっているという音像になっています。チェンバロはセンター寄りのR側、ギターはかなり奥まったL側に位置しており、必ずしもセンターに対して等分でLとRに広がっているわけではありません。この2つの対称は、けっこうL側に寄っています。
何故なら、パンフルートがけっこう印象強い重要なメロディになるので、それをややR側に位置させた時、チェンバロとぶつからないようにするためです。つまり、チェンバロとギター、そしてパンフルートの3つの定位によってこの曲の音像(ステレオ感)が決定づけられており、アンサンブルの持ち味がそれぞれの位置で発揮されます。そうして後半から入ってくるシンセ・パッドが、これらを柔らかく包み込む形となります。

【LEXICON PCM Nativeセットのチャンバー】
レコーディングでは、各パートはUADのDSPプラグインNeve 88RSチャンネル・ストリップでコンプ処理を施しましたが、ミキシングでは、すべてのパートをUADのSSL 4000Eに通し、それぞれの持ち味を活かすべく、コンプ&EQ処理を施しました。ミキシングでおこなったことは、これらの処理に加え、フェーダーでのダイナミクスのバランスを取ることと、レキシコンのリバーブを付加し、④のシンセ・リードにはディレイを付加したこと。あとはマスター・トラックでのトータル・コンプ&EQ処理ということになります。

【外観が一新されたWaves L1 Ultramaximizer】
これほどシンプルなプラグインの使い方は、DAWにおいて、むしろ少数派なのではないかと思うのですが、レコーディングの段階でのNeve 88RSでの味付けという段階を経ているので、ミキシングでは余分な帯域のカット、あるいは高域を少し付け足す、③のパンフルートに関しては、特に印象づけたいパートであるため、1kHzあたりを軽く持ち上げています。チェンバロとギターのサウンドだけでは、中域の倍音がやや物足りないからです。
いずれにしても、SSL 4000Eさえあれば十分、といった感じで、ミキシングでのコンプ処理はほとんど軽微なものです。

§

マスター・トラックでのプラグイン処理は、UAD Shadow Hills Mastering Compressor→Brainworx  bx_digital V3 EQ→Waves L1 Ultramaximizerとなっています。Shadow Hills Mastering Compressorでは、独特の倍音成分が加わりつつ適度にゲインを上げ、Brainworx  bx_digital V3 EQで高域成分の微調整。ブライト感を足しています。GUIが変わったWaves L1 Ultramaximizerを今回初めて使用しましたが、どっぷりと音圧を上げることなく、適正レベルを意識してわずかにスレッショルドを下げた程度。ここではあくまで0dB以上のピークを抑えるリミッターとしての役割を果たしています。

【OZONE 8ではエキサイターとマキシマイザーを調整しただけ】
実は、この後行程となるマスタリングにおけるサウンドの微調整に関しては、もうほとんど何もすることがありませんでした。エキサイターで高域と超高域の倍音をほんのわずか上げただけ。ミキシングの段階で、サウンドに関してはほとんど整ってしまっていたからです。むろんこれはプリ・マスタリングのことであり、16bit/44.1kHzにダウンコンバートしたFLACファイルなど、最終的なファイルの書き出し作業は、Steinberg WaveLab Pro 9.5でおこないました。

ですが、こういう曲ほど、実際のところ、ミキシングは非常に難しいのです。はっきり言って、バスドラとベースの利いたドラムセットが鳴っていてくれた方が、ミキシングはやりやすいし、多少粗い処理をしていてもなんとか映える。「初夏の沐浴」のように、チェンバロとギター、パンフルートという少し曇った印象の室内楽的アンサンブルでは、正直あまり音圧を上げたくないし、どの程度ダイナミックレンジを広げれば良いか、迷うところではあります。これといった決定的なやり方があるわけではありません。

ただ、その曲のコンセプトが何なのか、どういった印象を演出するか、といったところを明確にしっかりとおさえておけば、おのずとミキシングの答えは出ると思います。
DAWという手段の善し悪しの面で言うと、プラグインをふんだんに使用したミキシングの作業に、思わず魅力を感じるような罠が潜んでいます。たくさんガチャガチャとプラグインを並べて処理するやり方というのは、音色を構築する上で必要な面もありますが、片方でEQをブーストし、片方でカットしていたりして、それって本当に必要な処理だった?と疑うこともしばしばです。
そうした無駄な作業が多くなる原因の一つは、そもそもレコーディングの段階で音が整っていないからであって、その段階で明確なサウンドのイメージを構築してしまえば、後の処理はどんどんシンプルになっていくはずです。このシンプルさに向かうということが、今のガチャガチャとした時代の流行にそぐわないこともあり、どうしても何か、作業においても音に対しても意味のないことをやってしまったり付け足してしまいたがるわけです。
「初夏の沐浴」が向かった表現というのは、そのシンプルな作りにかかわる部分です。ただなかなか、シンプルをシンプルなミックスで表現するというのは、楽曲的にも音響的にも形の構造として難しく、逆にどんどんそういう試みをおこなって、経験を積むという発想も必要かと思われます。

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