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「Shrike and Duck」のフォルムとモーション

「舞踏のための音楽プロジェクト」第6弾の「Shrike and Duck」について。モズとアヒルをモチーフにした、舞踏的ドタバタダンスのためのインストゥルメンタル。シンセサイザー、Teenage EngineeringのOP-1とRoland JD-Xiによるサウンド。

こういう趣旨の曲を手掛けている時がいちばん楽しいとつくづく思うのですが、つい昨日、テレビ番組の録画でたまたまコント55号(萩本欽一さんと坂上二郎さん)のコントを観ていて、はっと思いました。
坂上二郎さんがある「日常的な動作」をして、それに対してああだこうだと萩本さんに無理難題な突っ込みを入れられ、自ら動作に手を加えていく二郎さん。この時既に、最初の「日常的な動作」は変形し、動作に手を加えていくたびにその変形がさらなる変形となって、もはや「日常的な動作」の形はなく、非日常的な、まったく「奇天烈な動作」に変貌を遂げていく可笑しさ。
これを観ていて、まさにこれこそ、かつて舞踏家・土方巽氏が作り上げてきた舞踏のメタモルフォーゼなのではないかと気づきました。コント55号のコントで重要なのは、人が「動く」ということ、あるいはその想像を超えた「動き」の面白さであり、舞踏家・土方がおこなってきたことも同様に、規定概念や理屈を超えた「動き」(うごめき)であったかと思います。彼らが同じ昭和のある時代の先駆者であったことを考えると、時代の中の人々が抱えていた、「超えようとして超えられないもの」を彼らが舞台で体現してくれた、ということは言えるのではないでしょうか。

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さて、話は大きく変わって、「Shrike and Duck」のマスタリングにおけるちょっとしたこと。
以前にも書いたとおり、この「舞踏のための音楽プロジェクト」では、Steinberg WaveLab Pro 9を使ってマスタリングの作業をおこなっています。特にマスタリング・ツールのmaster Rigが素晴らしく、自在に入念にサウンドを整えることができます。
そうしたツールで処理をしていく前段階で、是非やっておくべき処理があります。クリップの頭と尻のフェード処理です。
曲のイントロがどのように始まるかは千差万別ですが、バーンと鳴って勢いよく始まるにしろ、ゆっくり弱い音で静かに始まるにしろ、フェード処理はしておく必要があります。特に小音量でモニタリングしている場合は分かりにくく要注意で、実際、ファイルを再生した瞬間から(音を録音開始した瞬間から)何らかのノイズがかぶっているものなのです。

【波形をズームアップしてフェード処理の確認をする】
通常の波形の状態では、クリップの頭と尻は無音だと認識してしまいがちですが、ためしにクリップの波形を大幅にズームアップしてみてください。これでかなり小音量の部分が拡大され、無音だと思われていた箇所が実は無音ではなかったことが分かります。このままだと、もし出力の高いモニターで再生した時、はっきりとノイズが聴こえてしまって処理が雑であることがばれてしまいます。
なので、マスタリングの処理の下ごしらえとして、クリップの頭と尻をきれいにフェード処理し、出力の高いモニターで再生しても聴感上恥ずかしくない形に整えます。

再生ボタンを押して何秒でイントロが始まるか、具体的に決めます。だいたい1秒前後だと思いますが、舞台などで使うソースとしては、トリガーの反応の兼ね合いで、1秒前後だと遅いことがあります。そういうソースの場合はコンマ何秒、ということになります。
イントロまでの秒数が決まったら、その間、つまり再生開始からイントロの出だしの音までを、フェード処理することになります。これはWaveLab Pro 9では実に簡単な処理で、その間を範囲指定し、フェード・イン又はフェード・アウトをクリックすれば、見事に綺麗な波形になります。フェードの曲線はいくつか種類があり、任意でそれを指定することができます。これらの処理はあくまで見た目の波形をズームアップしておかないと確認できないので、必ず波形をズームしてからおこないましょう。

音楽というのを、動物のフォルムやモーションと考える。「動き」には「間」というのがあって、その「間」のとり方次第で、フォルムが変わる。ここでいう音楽の「間」とは、その曲のイントロとアウトロを包み込む、クリップ上(ファイル上)の開始と終わりの秒数であり、再生開始からイントロまでの「間」、アウトロから再生終わりまでの「間」のことで、それが綺麗か綺麗でないかで曲のフォルムが印象づけられてしまうということ。美しく始まり、美しく終わるにはどう「間」をとったらよいか、これも音楽を思考する上での一つの要素だと思います。

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