プチ・ソング「人間」の人間哀歌

「Figure」の実験〈3〉

アナログ・レコーディングにおける電気的な「空気感」を加える、という表現の言い回しには、補足が必要かと思います。そもそも、おかしな表現ですから。

その補足説明は最後に回します。
前回の続き、API 550BとCLA-76によるEQ+コンプを施したピアノとヴォーカルのそれぞれのトラックは、マスター・トラックでミックスされます。このトラックにもAPI 550Bを挿しました。ミックスされた音を補正する時はこのセクションをいじりますが、結果何もいじらない場合でも挿したままにします。

何故挿したままにするかというと、従来、アナログのミキサー卓というのはすべてのモジュールにEQ+コンプの回路がモジュールに組み込まれており、こうした回路を重複して通ることで、やはり微妙な「空気感」が得られます。これを嫌うエンジニアはこうした回路に通さぬよう、バイパスしたりしますが。

J37 Tapeプラグイン
「Figure」では、そのマスター・トラックに挿したAPI 550Bの後段に、「J37 Tape」プラグインを挿しました。
これはアビイ・ロード・スタジオで使用されていたSTUDER J37マシンとテープ・サチュレーションのプラグインで、磁性体の異なる3タイプのテープをシミュレートすることができます。私はその3タイプのうち、モダンな「888」を好んで選択しています。

こうしてマスター・トラックにAPI 550B+J37 Tapeを挿すことによって、ミックスされた音をまるでアナログ・テープに録ったかのような癖のあるサウンドにすることができ、中低域が少しだるくなり、高域の伸びもやや抑え気味になります。

以前、「Eternal」を制作した時、敢えてカセットテープにレコーディングしてアナログの暖かみを加味していましたが、それと同じような効果が得られるので、今ではAPI 550B+J37 Tapeの組み合わせで事足ります。J37 Tapeでは好みの音となるよう調節することができるので、こちらの方が機能的です。

このように、レコーディングの過程では、録った音を再生する(Rec in→Play out)というプロセスの中で、機械に通すたびに微妙に音が変わっていくのが常でした。例えば、楽器をマイクロフォンで録ると、その音はもう生音とは違います。生音を100%忠実に再現した音を録ることは、不可能です(というより音楽的にはあまり意味がありません)。
さらにケーブルからミキサー卓へ…。電気信号に置き換えられた音は、何かしら変化(劣化)します。エンジニアはその微妙な変化が心地良いものとなるよう、意図的に操作します。

ただし、やり過ぎは良くない。プラグインをいくつも重ね、音をいじりすぎると、無駄な音の変化が多くなって、音が濁る、しかもリソースを無駄に食う、という羽目になる。事前にどう音を変えたいのかを具体的に、かつシンプルに思い描く必要がある――。

生音ではないピアノ音源。ニュアンスをとらえにくいダイナミック型マイクロフォンによるヴォーカル。人工的なエコー・チャンバー。こうした素材はナチュラルから程遠いにもかかわらず、いかに「空気感」のあるサウンドに出来るか。しかもシンプルな処理によって。

「Figure」の実験的な試みのテーマは、そこにありました。


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