プチ・ソング「人間」の人間哀歌

「仰げば尊し」の制作〈四〉

「『仰げば尊し』の制作〈一〉」で述べた、

《今回の作品を手掛けることで、今後の作品のサウンド・ディテールが向上するような仕組みを発見することも課題》

について書いておきます。
昨年、[Dodidn*]を立ち上げ、Pro Toolsでのレコーディングを作品毎に試行錯誤しながら進めていった結果、未解決で終わった部分があります。
Pro ToolsなどのDAWは、優れたプラグインを選択し、手持ちのPCのパワーが許す限り、自由自在に組み合わせることができるのが利点です。しかし逆の面として、自由自在であることが、かえって制作を煩わしいものにしていると思えないでしょうか。

作品毎にいつも「この音をどのプラグインで処理すべきか?」「どれとどれを組み合わせようか?」と思案に暮れることが、私はとてもおかしなことだと気づきました。制作時間の浪費であるとも思えました。

今回の「仰げば尊し」の制作では、そのレコーディングからマスタリングまでの、Pro Toolsにおける工程に対し、自分なりの一貫した処理方法を確立するための、“ひな形”を構築しようと思い立ちました。
レコーディングに関しては、既に外部機材の組み合わせによる“ひな形”は実践しているのでその解説は省きます。要するにミキシング以降の工程の、各パートのルーティングとプラグインの組み合わせを画一化して“ひな形”にしてしまい、以後制作する作品は、原則として同じ“ひな形”を採用して処理していく、ということです。

もちろん、そのパートの“音作り”に際してのプラグインはこれに含みません。作品毎に自由自在に組み合わせるべきです。私が“ひな形”とするのは、その後の、2MIXとヴォーカルに対する処理の部分です。

こうした主要なセクションに、画一化したプラグインを組み合わせることで、いちいち作品毎にどれを使おうかと悩む必要がなくなります。例えばEQだけでも数種のプラグインを所有していますが、2MIXの処理にはこちらのEQ、ヴォーカルの処理にはこちらのEQ、とあらかじめ固定しておいて、どの作品でも同じプラグインを挿すのです。そういう意味で、かつてのアナログ・コンソールを呈したものと言えます。別の言い方をすれば、自由でありすぎることを拒否するのです。

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